ちびへぼのブログ

人生なるようにしかならない

今日は親父の葬儀でした…

先日親父が亡くなり今日が葬儀でした。

コロナ禍と言う事で、家族葬で近親者のみで執り行われました。

本来なら通夜、告別式とありますが、昨今は一日で行う葬儀が支流なのだとか。

自分も含め、死と接する機会も少ない…

子供達は初めての葬儀。

しかも祖父となれば複雑でもあります。

私も、妻も、娘達にとってもかなり悲しい思いを体験した一日でした。

檀家では無いので、葬儀屋が親父の宗派てある僧侶を紹介頂き、お経をあげていただきました。

導師とのお話の中で、死と関わり、亡き人の旅立ちを応援し、毎日でなくても良いので一週間に一回でも、一秒でもよいので想い、感謝と共に、永い旅を応援をしてやって欲しいとの事でした。

そんな話を聞いて私は涙がでました。

先祖代々繋いで来た命を日々感謝し、悔いの無い様に日々過ごさないとならないと。

人が生まれ、生きて行くのも大変ですが、死ぬのもまた大変な事です。

家族全員、貴重な体験をしました。

残された家族は、まだこれから行う事が山ほどあります。

身内である実の弟と、残された母親を支えて行かないといけなくなりました。

家族会議も開かないとなりません。

身内とはいえ、資産、お金の事で揉める事にもなるかもしれません。

遺言も残してませんし…

何が正解なのかも正直わかりません。

どのみち何を選択してみても、決めても後悔するんだと思います。

過去を振り返って後悔しても仕方がないです。今出来る事を精一杯やり、駄目なら諦め、変えるしかないです。

囚われず生きて行かなければ…

 

 

 

親父が亡くなり想う事…

今朝親父が亡くなりました。

今年に入り体調を崩しており、通院もしていましたが、先週入院してから快方に向かわずにそのまま亡くなりました。

81歳の高齢もあり、治療では無く延命をしていた感じでした。

人間、簡単には死なないですが、亡くなる時はあっと言う間でもあります。

生前喪中ハガキを出す様、パソコンを見れば判る様にしてあるので開く様にと。

開いてびっくりですが、普段日記を書いていた内容を要約して細かく記載していました。

自身の記録から、家族の記録、孫の記録と…こと細かく書かれていて、人生はあっと言う間ですが、日々様々な事の積み重ねがあっての今が有り…死を見つめ直す機会でもあります。

肝心の喪中ハガキの住所録は未完成で、正直どこの誰に出すのかわかりませんが、お袋と相談して判る人だけ出す他ありません。

これは仕方ありません。

普段からあまり自分の思っている事を口に出さない親父でしたが、こんな事を想い、考え、人生を歩んでいたと垣間見た気がしました。

葬儀もコロナ禍もあり、現代は家族葬が主流で葬儀1日だけで終わってしまう様です。

昔ながらの通夜、告別式、葬儀など順を経ないものへ変化している様です。

下手をすると病院から火葬場直送で、最後のお別れも出来ない…そんな事もあり得る様です。

私を含め子供達にも死を見る機会が減っている中で、良い経験にはなります。

『人はいつか死ぬんだってさ』

以前観たみうらじゅんさんの講演動画が深く印象に残っています。

なんとなく覚悟はありましたが、実際目の前の親父の亡骸を見ると、なんとも言えない気持ちにもなります。

日記に過去を振り返っても仕方がないとは書いてはありましたが、どうみても振り返ってばかりな感じがして、なにを選択してもどのみち後悔してしまうのが人の性なのか??

日々悔いのない様に過ごすのも大変です。

ただ毎日、無事に生きるだけでも相当な事なんですが、それに日々感謝して過ごす事が大事なのではないかと、考えた一日でもありました。

 

 

シン・エヴァンゲリオン劇場版:||

ブログの更新も暫くさぼっておりました…

特に忙しかった訳ではありませんが就職時活動も終わりました。

と言うのも仕事が見つかり、間もなく無職も終わりに近づいております。

長いニートも終わりに近づきます。

私の中でシン・エヴァンゲリオン劇場版:||を、鑑賞しに行かねばならないミッションが残っておりました。

半ば慌てて朝の上映のチケットを取り観て来ました。

劇場版のエヴァは全て映画館に観に行っており、シン・エヴァンゲリオン劇場版:||も映画館に足を運ぶつもりでしたが、コロナ禍で延期もあって足が向きませんでした。

観終わってですが、観に行ってやっぱり正解でした。

後半から自然と涙が止まりませんでした。

いい歳したオッサンがエヴァ観て涙をポロポロ…

テレビ版から始まり、長い間エヴァと共に歩んで来ました。

秋葉原でDVD版のエヴァを見てプレイヤーも即買いし…

DVDの発売も楽しみで仕方がありませんでした。

そのDVD版もすべて売ってしまい…今思えばなんで取っておかなかったのだろうと…

ここは後悔しています。

今回の劇場版を観ても、ただただ謎だらけですが、ある意味ちゃんと責任を取って終わらせた感じがあります。

テレビ版の最終回よりはすっきりした感じで、感動した涙と言うより、良かった良かった。これで良かったよ。『今までありがとう』そして『さようなら』と言える映画でした。

やっぱりブラックなのか…

現在就活はしていますが、未だ就職先は見つからない状態ではいます…

今更焦っても仕方ないので淡々と活動はしています。

大手転職エージェントにも登録してますが、求人に対して応募数が半端無い感じで、応募してもまず書類選考で落ちます。

応募もボタンをただ押すだけなので企業側も遠慮なく落とします。

その割に求人はいつまでも出していて、採用する気が無い気もします。

企業側は若年が欲しいと思いますが、今の世の中若者はどんどん減っていますから…それも都合が良い感じではあります。

そんな中先日ハローワークの求人に応募しました。

幸い、会社を辞める時に斡旋してくれたキャリアカウンセラーが居るので、応募等は全てやってくれてとても助かります。

なぜハローワークの求人かと言うと、地元の求人となるとどうしても、ハローワークの求人になってしまいます。

地元の求人でしたが、以前よりずっと求人を出している会社でした。

この時点で予感はありましたが…

応募して直ぐに面接まで進めてしまい、面接、筆記試験、職場見学と各種説明を受け翌日にはもう内定を頂きました。

いくらなんでも早すぎるだろ…

詳しい事は書きませんが、面接官の言った『こんな時代(コロナ禍/不況)にならないと、人が集まらないんですよね…』これが辞退するきっかけでもありました。

職場環境が劣悪…長時間労働…人間関係が最悪…売上至上主義…

こんな時代だからこそ、その弱みに漬け込んでブラック企業は手ぐすね引いて待ち受けています。

但しブラック加減は人によって違います。

前職もかなりブラックでしたが、転職してきた人達は『ここは天国だ』と言う人も多いのも事実です。

話を聞くと絵に描いた様なブラックさで唖然とします。

人間の環境適応力能力は侮れませんが、それも人によっても変わります。

嫌な事を自分達がやって来たから、お前もやれと言う組織は終わっています。

自分が本当に体験してきた辛い思いや苦労を、人に押し付ける事って本当は出来ないと思います。

知らないからこそ、非情な指示や命令が出来るのだと思います。

理不尽な命令や指示は、到底達成出来ないものや不可能なものばかりです。

だから現場も困って水増しやら、虚偽・不正な報告がされてしまう。

馬鹿正直に組織が言い出すフィクションを真に受けるのではなく、無理ゲーだと思った

ら逃げてしまうのが一番です。

戦っても更に自分がボロボロになるだけです。

会社・組織になんと言われようが関係ありません。

そこで頑張ってしまうのはブラック企業の思う壺です。

普通は求人を出しても人が集まらないのなら、それに見合う待遇に見直さないとなりません。

そう考えない企業はもう既にブラックです。 

組織や上司と戦う事はありません。

会社・組織・上司の為に必死になって頑張る必要もありません。

自分の人生をかけ、全てを会社・組織に捧げる必要はありません。

逃げても大丈夫です。

自分を大事にして良いのです。

もっと自分を大切にしましょう。

そう日々願っております。

岸見一郎さんの作品を読んでますが…

岸見一郎さんの作品ですが、まずは『嫌われる勇気』から入りましたが…

まだ途中で読み終えていません…

弱っている私の心!?には刺さり過ぎるのか判りませんが…

途中で閉じたまま数ヶ月経ちました。

『幸せになる勇気』に至っては買ってからまだ1ページも読んでいません。
更にとどめを刺す形で借りた本が『本をどう読むか』です。 
はじめの部分で、担当していた編集者が二人共会社を辞めてしまった部分で、もう読み進める事が出来なくなってしまい、そのまま返却しました。
 
岸見一郎さんの作品は、アルフレッド・アドラーの心理学を基に、非常に解りやすく書かれていますが、弱っている心には劇薬なのかもしれません。
勇気が無いと何も出来ないともとれます。
確かにそうです。
なにをするにも、なにを選択するにも結局は勇気が必要です。
それも少しの勇気です。
決断し、行動するのも結局は勇気です。
 
未来に囚われ過ぎて『今を生きる』事が出来ないのも事実です。
平均寿命が延び、老後が永くあるのが前提でその老後の資金を稼ぐ為に働いている…
ただ私も含め、誰しも永く続く老後が来るのか?と言えば『わからない』
 
お金があれば幸せになれるのか?老後は幸せな人生が待っているのか?
老後の為に、今やりたい事を我慢、耐え忍んでまでして準備をする必要があるのか?
今より老いた心身で、お金があっても出来る事ってあるの?
私も含め、定年退職したら『○○をやってみたい』『こうしたい』『あれしたい』なんて言っているが、まだ来るかもわからない未来に期待しても出来る訳がない。
 
と思い、この本も買いましたが...これも読めていません。
 
今の私には読み進める勇気が必要なのだが...............

珪藻土商品の回収のニュース

珪藻土を使用した製品にアスベストが混入していた事が判明し、回収のニュースが世を賑わせていますが、我が家にも珪藻土のバスマットがありました。

いつ購入したのか不明でしたが、2枚目の購入だったのは覚えています。

最初に買ったものは柔らかく、最終的には割れてしまったので買い替えました。

早速販売店に持ち込み返金を受けましたが、今後健康被害等に関する対応に関しては発表されていないので、このままシレっとするつもりなんでしょうね。

念の為返金した証拠として、控えは念の為貰っておきましたが(言わないと貰えませんでした)

アスベストが混入した経緯は判りませんが、私が察するのは強度が弱く、割れ易い商品である事が根本なのでは?と感じています。

珪藻土自体にはアスベストは入っていない様なので、製品にするにあたり、強度や水増しする為に混ぜ物をしたのではないか?と疑います。

割れや、欠けのクレームに対処する為に、強度を増やす為に危険なアスベストを添加したのではないかと。あくまでも私の推測ですが…

今現在、日本ではアスベストの使用は禁止されていますが、製造していた中国では使用出来るのか???わかりませんが、日本でも身近にアスベストは溢れていたと思います。

私が子供の時は、学校の校舎の階段の天井には、アスベストが吹き付けてありました。

ひと昔前は、ありとあらゆる分野で使われていた様です。

建材、電化製品、車、日用品など多岐に渡ります。

廃棄されたものは何処へ捨てられたのか…まだ家の中にもあるのでは???

 

この騒動も含め、アスベストに関する健康被害はまだまだこの先、数十年後に表面化するのでは…

たまたま今回は発覚しただけで、まだまだ身近にアスベストを含んだ製品等は存在するのでは無いのか???と考えてしまいます。

ダイオキシンの問題も、最近聞かなくなりましたが…

未だに行方がわからないPCBなど…

特に日本では、その時だけ騒ぐだけ騒いで、取り上げられなくなると、興味をなくしてしまうのではないでしょうか…

 

身近にある製品は大半が中国製です。

中国製だから良くないとは言いませんが、世の中には『安くて良いもの』は存在しません。

安いのものには必ず訳があります。物ではなくても、サービス等も同じです。

今回の騒動は良い例なのではないでしょうか。

価格で選ぶ際には、その背景も想像する必要があると私は思います。

『世の中の真実』を読んで

先日蔦屋で、娘の参考書を買いついでに本を購入しました。

今現在、本は図書館で借りて読んだり、読まずに放置していた本を引っ張り出して斜め読みしたりしたいます。

ひろゆきさんの本は今までも何冊も読んでいますが、本のタイトルが少々大袈裟で、ひろゆきさんらしくないな?とも思い手をとりました。

内容的にも難しい感じではなく、誰しも知っている情報を、データ・エビデンスを元に解説している感じでした。

なるほどと思わせるものと、本当にそうなのかなぁ…と感じる内容もあり、敢えて自分で調べさせて、なにが正しい情報なのか自分でも判断しろよな!って言うメッセージも入ってると思います。

日本は今、少子高齢化で大多数の高齢者の為に、若者達の待遇が良くないと言うのは、ホントにそうだと思います。

数では圧倒的に高齢者には勝てないので、まだまだ暫くは老人に支配される日本なのでしょうか…

今、会社を運営している上層部の人達も、死に物狂いで働いて会社に貢献して来た人達ばかりではなく、ただ単にたまたま景気が良かった時代に会社に入って、景気が良いのでテキトーに働いても売上・成績は良くて…

年功序列でたまたま良いポジションを得ただけの人も多いと思います。

それにこの世代は『気合と根性』『頑張ればなんとかなる』と精神論で育った世代です。まぁ私もその世代なのですが…

ひろゆきさんの別の本で書いてありますが、『頑張りは人に押し付けない』の下りは私の中で今でも突き刺さっています。

頑張ればなんとかなる事は少なく、生まれた時から遺伝や育つ環境でほぼ決まってしまう。現実は残酷ではありますが、頑張らない方法や考え方もあるよ!っていうのがひろゆきさんの言いたい事なんだと思います。

 そして、情報を良く自分で調べたり、確認、検証もせずに鵜呑みにし、更に情報を拡散

してしまう危うさにも触れています。

『ライオンが動物園から逃げ出した』という情報は、私が子供の時の『口裂け女が隣町で現れた』と同じデマです。

当時の子供達のみならず、大人達もに恐怖として伝わっていました…

デマを流した本人は面白がってした行為ですが、今は一個人が世界中に情報を発信出来てしまう時代です。

世間の常識や、誤った情報に囚われる事をせず、正しい考え方と、判断が更に必要となる時代なのだと改めて思いました。

私の判断の仕方はシンプルに『向こうからくるものは必要無い』です。

営業や、提案を受けるのは基本的に必要ありません。

必要なものは『自分が必要だから』情報を集めて『自分で情報を取りに行く』事が正解なのだと思います。